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MIアイデア発想塾は、生産性を上げる為に、質問力、バランス・スコアカード、インストラクショナルデザイン等を知恵ある方法で賢く使い、企業力を強化する組織です。

私の提案の要約

私たち日本の生産性はどうすれば上げる事ができるか?

「欧米と比較して、生産性など劣る事が多い訳」

私たちは欧米と比較して、生産性が低かったり、格差社会が多く残っていたり、IT技術やビジョン経営等経営手法等を上手く使えなかったりする調査結果をあります。

この原因は、私たちが行っている論理的思考が、結論と根拠に分けると根拠を追求して考えない、根拠を自ら解明しない習慣がこれらの事が起きる原因です。

私たちは論理的に考える事はあっても私たちの習慣は根拠を追求しないのですから、曖昧な根拠を基に物事を判断するので洞察ある本質を捉えた判断にならない為、生産性などの問題が起きてしまうのです。

私たちは根拠を追求して考えない為、根拠の曖昧な知識ばかり持つ事になり、洞察ある判断ができなくなってしまうので知恵のある判断にはならなくなり、色々な事ができるのに、生産性が低い事や格差社会が多く残るなどが起きてしまうのです。

現在のグローバル市場は、生産性を高くする為には知恵や発想力を必要としてきているのに、私たちは洞察ある判断ができない為、知恵を出す事も発想力を発揮する事もできなくなり、現在の欧米と比較して生産性など劣る事の多い状況を生み出しているのです。

前に説明した図を観て頂ければ、お分かりの通り、私たちの習慣が、追求する様に考える、自ら物事の論理を解き明かす事を行わない事がまわりまわって生産性や格差社会の問題を引き起こしているのです。

今まで説明した事を洞察できれば、上記した説明の本質を見抜ければ、私たちがどう努力すれば欧米の様な無駄のない効率的かつ効果的な事ができ、欧米の様に格差社会を減らしたり、IT技術等を上手く使えたりする事で生産性も上げられるので、労働時間が短くても収入は増える様な豊かな生活ができる様になるのです。

根拠の曖昧な判断では、物事の本質を見抜く事も先を予測する事も曖昧になってしまうのです。

ビジネス等の物事を洞察できなくなってしまうのです。

又、根拠の曖昧な知識ばかりでは、賢い優れた判断をする為の基礎になる洞察力は身につかないのです。

私たちの習慣を続けていたのでは洞察力が身につかない為、根拠の曖昧な判断を続ける事になり、現在の様な色々な問題が起きてしまうのです。

習慣を変える事は、初期の頃には苦労しますが、私たちには慣れると言う才能がありますので、ある期間辛抱すれば、その後は習慣化して苦労はなくなり、同じ努力で大きな成果を得られる状態になれるのです。

習慣を変えるか否かは、今後もストレスの多い長時間低賃金労働を続けるか、ストレスの少ない短時間高賃金労働にするかの問題になるのです。

私たちは、この判断もできない状態に近いのです。

なぜなら、上記した説明を洞察できないから、本質を見抜けないから、納得して行動に移そうとも思わないので、無視する事しかできない習慣だからです。

上記した説明の根拠を理解できない為追求して考えるのではなく、面倒な事は避けてしまう習慣だからです。

その為、このHPでは上記した理由を詳細に説明して、習慣を変えて見よう!と思って頂きたく詳細説明をしています。

アクセス頂いた元のページに戻って、読み進めて下さい。

ご興味がある様でしたら、ご連絡を頂けだければ直接説明も行います。

上記した説明を、もう少し詳細に説明した説明がありますので、下記の説明、なぜ私たち日本は、欧米の様な生産性にする事も、格差社会を減らす事もできないのか?を読んで頂ければよりこのHPの説明が分かり易くなるのではないでしょうか。

「なぜ私たち日本は、欧米の様な生産性にする事も、格差社会を減らす事もできないのか?」

私たち日本は、ここ30数年間生産性が殆ど上がらず、権力格差や男女格差等格差社会が先進国とは思えない程多く残っている為、生活の質自体にストレスが多く長時間低賃金労働を強いられています。

この原因は、私たちの習慣では論理的思考が身につかない事が結論と根拠の論理的繋がりを考えないだけでなく、根拠を自ら追求して考える事が殆どない習慣だからです。

私たちの習慣である、他からの知識を得る事では、1つひとつの根拠がよく分からないのです。

私たちは普段から論理的思考を殆ど行わないだけでなく、私たちの優秀な人と言われる人達でも、論理的に考える事はあっても根拠を追求して考える事を行いません。

この習慣では物事を見通した優れた判断力であり先を読む力である洞察力を私たちが身につかない事が理由で、グローバル市場で通用する様な知恵や発想力を発揮できなくなり、生産性の長期低迷や格差社会が多く残るなど欧米と比較して劣る事が多いのです。

分かり易く説明すると、論理的思考(以後論理思考と表現)とは、結論と根拠に分けて、論理的な繋がりを捉えながら物事を理解する考え方です。

私たちの習慣はあまり考える事のない知識の類推的な考える事しか行わない習慣である為、論理思考の中の根拠を自ら追求して考え根拠を自ら解き明かす事を優秀な人達でも殆ど行いません。

なぜ、優秀な人でも根拠を自ら解き明かさないのかと言うと、私たちの習慣が、目に観えない物事の論理を追求して考えない習慣だからです。

どう言う訳か、私たちの習慣は、目に観えない所の論理を追求する様に考える事で、観えない所の論理を解き明かす様な事を殆ど行わないのです。

観えない所の論理を自ら解き明かす事は、解明する為の気づきを得る為に意識を持ち続ける事が必要など手間暇かかるから行わないのかも知れません。

又、論理思考で優れた結果を出す為には、物事を洞察できるまで物事の論理を解き明かし続ける必要がありますので、特に論理思考を始めた初期の頃は、手間暇掛かるのに結果を出せない為、論理的に考えるのを行わないのではないでしょうか。

この習慣だと、私たちは殆ど意識した事もない物事を見通す事で優れた判断や先を読む力である洞察力を身につける事ができません。

洞察力が身につかないと知恵や発想力を発揮できなくなり、現在の日本の様な生産性の長期低迷を招き長時間低賃金労働になってしまうのです。

私たちの優秀と言われる人達でも論理的に考える事はあっても、物事1つひとつの根拠を追求して考えない為、私たちの論理思考は根拠の曖昧な論理的思考になってしまい、欧米の様な結論と根拠が明確な判断ができなくなってしまうのです。

この欠点を補う為に私たちは、知識を増やして対処しようとするのですが、言葉で表した知識では1つひとつの根拠まで説明できないので、私たちは具体的な説明か文脈として理解する方法しか取れない為、曖昧な根拠で判断しているのです。

曖昧な根拠での判断では、優れた判断や先を読む事はできないのです。
物事を洞察できないのです。

物事を洞察できなければ、1つひとつ判断が曖昧になり知恵や発想力を発揮できなくなり、生産性を上げる事も格差社会を減らす事もできなくなり、現在の日本の状態にしかならないのです。

時間がある様でしたら、違う角度から説明した劣っている事が多い理由を下記で説明していますので、下記の説明をお読みください。私たちの習慣を変えなければいけない理由が明確になるとと思います

なる程ね!と理解出来た方は、習慣を変える気持ちを持って頂く為に詳細を説明していますので、最初のページに戻ってお読みください。

「私たち日本が欧米と比較して生産性など劣っている事が多い訳」

私たちは、生産性が長期間上がらない事や、権力格差や男女格差などの格差社会が日本には多く残る事はご存知だと思います。

なぜ、欧米と比較して生産性など劣っている事が多いのでしょうか。

結論から言うと、私たちの習慣が論理的によく考える習慣ではないからです。

私たち日本の生産性が長期間上がらなかったり、格差社会が多かったりするのは、私たちが論理的に考えられない事と、生産性を上げる為に格差社会を減らす為に必要な論理的で優れた判断力の基礎になる洞察力を、私たちの習慣では培えないからです。

私たち日本は高学歴社会でありながら欧米と比較して劣っている所が多いのは、生産性が低い事や、格差社会が多いだけではありません。

米国発のビジネス手法、例えばビジョン経営等やIT技術の使い方が悪いので、欧米企業が出せるこれらを使った業績が、日本は欧米より低い結果しか出せない調査があります。

私たちの習慣では洞察力が身につかない為、私たちに洞察力のある人は非常に少ないです。

別な言い方をすれば、洞察力とは、知恵や付加価値を生み出す発想力の基礎になるものです。

又、洞察力のない人に洞察力の説明をしても、実感が湧かない為洞察力の概念すら私たちは掴めません。

なぜ、私たちは生産性を始めとした欧米と比較して劣る事が多いのか?この原因は、私たちに、ビジネスを始めとした物事を洞察する事で、論理的に優れた判断を生み出す洞察力が身についていないからです。

簡単に言えば、本質的で無駄なく効率的かつ効果的な判断ができる力になる洞察力を、私たちは身につけられないからです。

私たちの習慣では、優れた判断力や先を予測する力である洞察力を身につける事ができないのです。

私たちは、物事を見通した優れた判断を生み出す洞察力を意識する事もなく、概念も掴めない為、この説明を読んでも、私が言いたい事を理解し難いかも知れませんが、簡単に言えば洞察力とは、物事の本質を追求する事や、物事の観えない部分まで物事の論理を包括的に解明理解する事が生み出す、物事の本質や関係性等を見通した優れた判断力であり、先を予測する力です。

洞察ある判断は本質的で先を読んだ私たちにはできない判断力です。

なぜ、私たちは洞察ある判断ができないかと言うと、私たちの習慣が目に観える物事を注意深く観ていて、目に観えない物事は追求して考える事のない習慣だからです。

その為私たちの習慣で持てる判断力は、目に観えるものと持っている知識で判断する事になります。

ここでは、目に観えない部分がどうなっているか?は、誰かが言葉で表したものしか知る事ができません。

目に観えない所で行われている事やメカニズム、関係性などは、なぜ、どうして?と自ら追求して考える事で、物事の兆候や端々から気づく事で、解明理解する必要があります。

この行為を私たちは行わないので、私たちができる判断は、目に観えている事と知っている事の類推的判断しかできません。

この判断では、根拠の曖昧な判断になってしまいます。

曖昧な根拠で判断するので、自ら論理を解き明かした人の様に確かな根拠を基に判断するのとは判断力が違ってしまい、優れた洞察ある判断は私たちの習慣ではできないのです。

論理的で洞察ある判断が私たちはできない為、生産性を上げたり、格差社会を減らしたりできなくなり日本には欧米と比較して格差社会が多く残るなど劣っている事が多くなってしまうのです。

このHPの目的は、欧米並みの生産性にする事や格差社会を減らし欧米並みのストレスの少ない労働時間も短いのに賃金はそれなりに頂ける、欧米並みの豊かな生活をできる様にしようと言う事です。

私たちの習慣を続けていたのでは、洞察ある判断や先を読む力がつかないので、一生懸命長時間働いても現在の状況は抜け出せない為、先進国とは言えないストレスの多い長時間低賃金労働を今後も強いられるか、相対的に世界の中で生活の質を落とす国力の低下を招くかなのです。

私たちの習慣を変える気持ちを持って頂く為に、詳細な説明をしていますので、元のページに戻って、詳細な理由を納得頂ければ、習慣を変えて見よう!と思って頂けるのではないでしょうか。

「注釈」

私の説明を読んで、それはネットの説明と違う、と思われたかも知れません。

例えば論理的思考を私は、世の中にある法則や本質に則って、つじつまが合う様に理想を追求する考え方、と定義しています。

ネットでは、物事を結論と根拠に分けて、その論理的な繋がりを捉えながら物事を理解する思考法などと書かれています。

定義の仕方が違うのは、論理的思考で説明すると、論理的思考の目的、これも私が目的にしている事かも知れませんが、如何に理想に近づける事を考え出せるかが目的で、その目的を達成する為には、結論と根拠に分けて説明した方が分かり易く実現し易いと思うからです。

又論理的に考えたからと言っても、考えた事が世の中の法則や本質に合わなければ、ただの考え方で終わってしまい実現する事もできない空論になってしまい、役に立ちません。

現実に役に立つ結論と根拠に分けて、どうすれがもっと良くなるか?を考える事が、論理的思考をする目的だと私は思っています。

それ以外にも理由があります。

論理的思考はビジネスに役立つ思考法と言う事で、論理的思考をすればビジネスにプラスにならなければなりません。

その為には、法則や本質に則っていてビジネスに役立つ考え方、知恵に近い双方がWin-Winになる様な考え方、発想力が必要になります。

発想力を発揮する為には、洞察力が必要になります。

洞察力を培う為には、論理的に考える考え方が必要になります。

論理的に考えて洞察力を培う為には、物事を追求する様に考える、自ら物事の論理を解き明かせる力が必要になります。

なぜ、洞察力を培う為に、物事の論理を自ら解き明かせる力が必要になるかは、洞察力を培う為に必要な、意識を残して気づきを待つ力が結果的に物事を洞察できる力を培うからです。

又、自ら物事の論理を解き明かせる力が、発想力に必要な気づき力を培う事になるからです。

同様に洞察力の定義も、どうすれば洞察力を培えるかの方法まで含めた説明になっています。

こう言う理由で、このHPではネットとは違う私独自の定義の仕方をしている事が多いのです。

それでは詳細説明をしたいと思いますので、このページを閉じて最初のページに戻り、私たちの習慣を変えて見ようと!と思って頂きたいと思います。



「生産性を上げる為の、格差社会を減らす為等の解決策」

解決策

私たち日本の生産性を欧米並みに高くする為には、私たちに洞察力を身につけて、知恵や発想力を発揮する必要があります。

知恵や発想力の基礎になる洞察力を、私たちがどう身につけて行くかが問われる事になる訳です。

私が考え出した解決策をマインドマップ化した図が上図です。

洞察力を培う為には、物事の論理を自ら解き明かす力を身につける必要があり、物事を支えている関係性やメカニズムなど、物事の目に観えない部分まで論理を解き明かす事で洞察力を培う事が必要です。

私たち日本の習慣は、この物事の論理を解き明かす事を殆ど行わない習慣が理由で、洞察力が身につかず、知恵や発想力を発揮できなくなり、日本の生産性は低迷している訳です。

上図は、物事を追求する様に考える習慣をつけて洞察力を培う為には、どうすれば習慣を変えて洞察力を私たちが培えるかを表した図です。

カギになる事は、赤字で示した私たちが追求する様に考える、自ら物事の論理を解き明かせる力がつくか否かです。

その為には、追求する様に考える事を習慣化する必要があります。

私たちが普段行っていない自ら物事の論理を解き明かせる力を身につける為には、私たちが苦手にしている解き明かしたい問題を意識下において気づきを待つ様な、カラーバス効果を高度にした様な意識が必要です。

この行為が私たちはなかなかできないので、私は繰り返し行う事で慣れる能力を使って、自ら物事の論理を解き明かす行為を習慣化して行きます。

具体的には、自ら物事の論理を解明する様に考える効果がある、業務やビジネスを洞察できる様な質問を、他人から質問して貰う事で初期の頃は考えて頂きます。

質問には、物事を追求する様に考える効果があるのです。

他人から質問をして貰う訳ですから、自ら物事の論理を解き明かす為に必要な、解き明かしたい問題を意識下に置いて気づきを待つ必要がないので、初期の頃には、この方法で自ら物事の論理を解き明かす考える力を培って行きます。

同じ質問を、解き明かしたい問題の論理が解き明かせるまで何回も行い、解明の仕方を習得して行くのです。

物事の論理を解明する事は、一揆に高度な論理を解き明かせる様にはなりませんので、現在私たちが解き明かせる様な論理の解明から始める為、特別な才能が必要と言う訳ではありません。

この行為は、解明の為の気づきを得る為に、物事を観察的に観る行為も必要に成るので重要な習慣化なのです。

この行為に慣れてきたら、業務で行っている事1つひとつについて、なぜ、どうして?とこの方法で、業務で行っている物事を考える様にして、業務で行っている事1つひとつの根拠を明確にして行きます。

日本の生産性を欧米並みに高くできるか否かは、私たちが、この訓練を通して、1つひとつの業務やビジネスの論理を解き明かせる様になるか否かがカギになります。

ここまで行うと、新たな疑問が生まれるとか、なぜこの方法で業務を行っているのか、他の方法はないのかなど、疑問が生まれてくる場合が多いと思います。

現在のビジネスで役立つ知恵や発想力は高度化複雑化している為、ビジネスを洞察できる様にする為には多くのビジネスに関係する物事の根拠を解明する必要があるので、この行為を習慣化して、業務で行っている事1つひとつを解明理解して行けば、もっと効率的かつ効果的な業務の仕方に変えて行けると思います。

又追求する様に考えていると、自然に物事を論理的に広く深く考える様になる効果もありますので、視野が広く深くなり、今まで気づかなかった次元の上の事、例えばなぜ同業他社より生産性が低いのか等の根本的な原因に気づいたりできる様になるので、効果のある解決策を考え出せる様になります。

この行為は習慣化できるまでけして楽な行為ではありませんので、論理的思考がどこまでできる様になったか進捗状況を本人が知る事で、更に目的を明確にし、物事を追求する様に考える行為を続ける為のアドバイスも行います。

左側の薄青色で囲んだ行為を続ける事で、物事の論理を自ら解き明かせる力を培って行きます。

この行為を広く深くして行けば洞察力が身についてきて、優れた判断や先を読む力を通して知恵を出す事も、付加価値を生み出す発想力を発揮する事もできる様になって行くのです。

複雑な事を行うのだなー!と思うかもしれませんが、行う事はただただ、根拠を新たな知識を得る事や観えている事知っている事から気づきを得て解明するだけです。
その意識を持続させる事です。

私たちの習慣では、論理的思考の根拠を自ら考えない習慣である為、結論と根拠を結びつけた記憶にならないので、洞察力が育たず、知恵も発想力の発揮できなくなってしまうのです。